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2021年08月16日
現場スタッフの見た“東京2020オリンピック”
大会運営に関わって…見たこと、感じたこと
児玉萬平
江ノ島におけるオリンピックのセーリング種目は所定の競技日程を無事終えることが出来た。日本選手のそれまでの努力にもかかわらず、いま一歩のところでメダルに届かず, 結果としてヨーロッパ勢を中心とするセーリング先進国の底力を見せられた形だった。コロナによる海外レガッタの中止によって実戦を積むチャンスを失った日本選手のロスは大きかったと思う。
今回NTO(技術委員)の一人として大会運営に関わった私の役割は、海上運営や事務スタッフとしてではなく、競技を支えるオメガ社の情報システムのサポートエンジニア専属のボートドライバーとしてであった。
大会規定では許可されていない撮影やレポートは禁止され、もちろんSNSの発信もご法度なのだが、担当業務の傍らメモ代わりに、防水カメラで身の回りのスナップを撮影した。競技の映像やレポートは公式メディアで紹介されるので、ここではそのスナップを振り返りながら、東京2020オリンピックレガッタで感じたことをレポートしたい。
それらの情報は、レガッタの運営に使用することは無論のこと、OBS(公式放送チーム)のカメラボート、ヘリコプターやドローンの映像とマージ(オーバーレイ)され、放送やインターネットライブ配信、そしてジュリー判定にも利用される。そのため、システムサポート担当者たちはレガッタ中に発生する様々なレベルのシステムトラブルに対応する必要がある。
我々、サポートボートドライバーは持たされたトランシーバーから聞こえるエンジニア同士の交信(主にドイツ語)を傍受し、時折英語のテクニカルタームが混じる中から出動を予測し待機する。出動要請に即応し担当のエンジニアをレガッタエリアに運び、リカバリーが済むまで待機する。
レースの合間にしか機器交換やシステムをリブートできない場面があるので、その際は本部船やマークボート近くでレースの観戦ができる役得もあった。おかげで、今回のオメガチームのサポートを通じて、今後のレガッタの方向を垣間見るチャンスとなった。
たまたま我々のチームに、トヨタで水素エンジンの開発に携わっているH氏が参加していたので、ひとしきり将来の船外機の話題になった。今後、技術面でのブレークスルーがあるのかはわからないが、このような大量の化石燃料動力艇の利用はこの大会を最後にしたいものだ。
今回、実際のレガッタには使われなかったが、自動走行式マークブイの試作品もハーバー前の海面に置かれトライアルを行っていた。GPSで定位置を保持するのはもちろん、スマホの指示で任意の場所に移動できるものだった。こうした技術が将来のレガッタに数多く使われるようになることで、セーリングも真に環境にやさしいスポーツと謳えるものになっていくだろうと感じた。
無観客でなかったら観客が溢れていたはずの観覧デッキからの観戦も、正面のレース海面を見つつも、今回NTTの5Gプロジェクトとして実施された、背後にある台船上の巨大スクリーンに映し出されるライブ映像を、振り返って確認する姿が目立った。
アメリカズカップの映像と同様に、レース中の各艇のボートスピード、風の振れによる順位の変化などは、運営艇の風向風速センサーのデータを上空からの俯瞰映像にオーバーレイさせて表示していて、観客としての我々は、それを見て一喜一憂することになった。
セーリングは観客のいないスポーツだと言われるが、今回使用されている映像や情報技術を駆使することで、誰にでも分かりやくその魅力を伝えることが出来れば、セーリングファンの層も厚くなると考えるが、インターネットに噛り付いての観戦では、eセーリングと変わりがないとも言えるかもしれない。
つまり、宿泊ホテルからの原則外出禁止、会場とホテルの間は専用バスへの乗車、毎日のPCR検査が義務付けられた。とは言っても選手村のない江ノ島では選手、関係者ともに指定ホテルに分散宿泊となり、選手以外はホテルでの夕食も提供されないことから、否応なしにコンビニやデリバリーを利用し、ホテル自室での個食でしのぐことになった。
一方、ボランティアスタッフや専門業務担当の業者さんはバブルの外(そと)として、江ノ島の会場に毎日通うことが出来、食事場所も制限なく比較的自由だった。
実際には各国選手の艇の上げ下ろしをサポートするビーチ担当のボランティアスタッフは(バブル外でありながら)、仕事柄、各国の選手と直接の接触が必須なことから、どこまでバブルの実効性があるのか、大いに疑問のあるところだった。
とは言え、出艇したレース艇のドリー(船台)を整理し、レース終了後にはフィニッシュ順から類推してドリーを順に降ろしてスムーズに選手に渡し、一緒に艇を運んでいくボランティアスタッフの統制の取れた作業ぶりには脱帽だった。プレオリンピック以来のチームワークの賜物だと思う。
いざ襲来となった場合には、レース艇ばかりでなく450艇もの運営艇やリブボートも全艇、陸上の安全な場所に移動させなければならない。既設の3トンクレーンや仮設クレーン車をフルに稼働させても移動させるには4,5日が必要になる。幸いにも、8号は太平洋から東北地区に上陸し、日本海に抜けるコースを取ったので直接の影響は無かったが、レガッタ終了の3日後には台風10号が、休む間もなく9号崩れの温帯低気圧が通過し、江ノ島は40ノットを超える強風にさらされた。これらの台風がレガッタの日程に重ならなかったのは“幸運”としか言いようがない。
この時期、日本でオリンピックレガッタを行うこと自体が相当のギャンブルだ。
敢えて、それを実施することを前提に、台風をも乗り越える危機対応計画(コンテンジェンシープラン)を策定し得たのなら、それはそれで評価できる成果だ。加えて、コロナ対策も併せて実施しなければならなかった今大会の困難さは、想像を超えるものがあった。
機会があれば、今回の大会の準備資料を是非公開していただきたいと考えているのは私だけだろうか…
【TOKYO2020オリンピック 日本選手順位】
・男子470級:7位
・女子470級:7位
・男子RS:X級:16位
・女子RS:X級:12位
・男子レーザー級:30位
・女子レーザーラジアル級:15位
・男子49er級:11位
・女子49erFX級:18位
・混合ナクラ17級:15位
・男子フィン級:16位
今回NTO(技術委員)の一人として大会運営に関わった私の役割は、海上運営や事務スタッフとしてではなく、競技を支えるオメガ社の情報システムのサポートエンジニア専属のボートドライバーとしてであった。
大会規定では許可されていない撮影やレポートは禁止され、もちろんSNSの発信もご法度なのだが、担当業務の傍らメモ代わりに、防水カメラで身の回りのスナップを撮影した。競技の映像やレポートは公式メディアで紹介されるので、ここではそのスナップを振り返りながら、東京2020オリンピックレガッタで感じたことをレポートしたい。
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オリンピックレガッタでは海上に出るすべての艇、250のレース艇はもちろん、フラッグボート(本部船)、各運営艇、ジュリーボート、コーチボート、カメラボートなど約700に及ぶ艇にGPSトラッカーが、また各レース海域の主要な艇には風向風速センサーの端末が搭載され、各端末からの情報がリアルタイムで収集され、レース海域が俯瞰できる管制塔の様なレガッタオフィス2階のコントロールルームに集約される。それらの情報は、レガッタの運営に使用することは無論のこと、OBS(公式放送チーム)のカメラボート、ヘリコプターやドローンの映像とマージ(オーバーレイ)され、放送やインターネットライブ配信、そしてジュリー判定にも利用される。そのため、システムサポート担当者たちはレガッタ中に発生する様々なレベルのシステムトラブルに対応する必要がある。
我々、サポートボートドライバーは持たされたトランシーバーから聞こえるエンジニア同士の交信(主にドイツ語)を傍受し、時折英語のテクニカルタームが混じる中から出動を予測し待機する。出動要請に即応し担当のエンジニアをレガッタエリアに運び、リカバリーが済むまで待機する。
レースの合間にしか機器交換やシステムをリブートできない場面があるので、その際は本部船やマークボート近くでレースの観戦ができる役得もあった。おかげで、今回のオメガチームのサポートを通じて、今後のレガッタの方向を垣間見るチャンスとなった。
筆者が担当したテクニカルサポートボートの1艇
環境にやさしいスポーツとは程遠いセーリング競技
セーリングは風を利用する環境にやさしいスポーツと言われている。また、ワールドセーリングも日本セーリング連盟も環境委員会を置き、環境をテーマの活動を行っている。一方、先に述べたように、オリンピックのセーリングレガッタの実施に当たっては、レース艇を除けば450もの動力艇が海上を走り回る。つまり、これだけの艇がレガッタ期間中に化石燃料をばらまき続けるのだ。そのため、普段は江ノ島のハーバーにはない仮設給油所が3基用意され、運営艇などに給油を行った。たまたま我々のチームに、トヨタで水素エンジンの開発に携わっているH氏が参加していたので、ひとしきり将来の船外機の話題になった。今後、技術面でのブレークスルーがあるのかはわからないが、このような大量の化石燃料動力艇の利用はこの大会を最後にしたいものだ。
今回、実際のレガッタには使われなかったが、自動走行式マークブイの試作品もハーバー前の海面に置かれトライアルを行っていた。GPSで定位置を保持するのはもちろん、スマホの指示で任意の場所に移動できるものだった。こうした技術が将来のレガッタに数多く使われるようになることで、セーリングも真に環境にやさしいスポーツと謳えるものになっていくだろうと感じた。
クラスごとに海上運営を担当する6艇のフラッグボート(本部船)、電光掲示板にコース、方向、距離、時刻とカウントダウンが表示される。これらの艇に10艇近くの運営艇が1チームを組んで行動する。隊列を組んでレース海面に向かう姿は、まるでカルガモ親子のようで、微笑ましいものがあった
eスポーツ化するセーリング?
役得によって海上で間近にレースを観戦できる機会があったが、その際は100mの距離を保っての観戦だった。一方、OBS(公式放送チーム)のカメラボートは最前線に出ての撮影ができ、同時にドローン撮影専用ボート(ドローン専用プラットフォームがある)がパイロットを乗せて各回航点に待機、レース艇からほんの数艇身の上空を飛ばして撮影していた。ヘリコプターからの撮影でもレース艇のGPS端末を特定して、カメラが自動でその位置を追尾する技術が使われていて、我々も本番前にヘリコプターとの連携撮影のトライアルを行うため出動した。
ドローン撮影専用艇。船尾がプラットフォーム兼格納庫。レース艇に数艇身まで近づき撮影する
実際、それらの映像はインターネットのライブ映像サイトでリアルタイムの視聴をすることができたが、その迫力と視点、そして鮮明さには驚かされた。我々のチームも、海面にいない時はライブを視聴していたのだが、正直言って、海上でのレース観戦よりも分かり易く、迫力があり、臨場感もはるかに上だった。無観客でなかったら観客が溢れていたはずの観覧デッキからの観戦も、正面のレース海面を見つつも、今回NTTの5Gプロジェクトとして実施された、背後にある台船上の巨大スクリーンに映し出されるライブ映像を、振り返って確認する姿が目立った。
アメリカズカップの映像と同様に、レース中の各艇のボートスピード、風の振れによる順位の変化などは、運営艇の風向風速センサーのデータを上空からの俯瞰映像にオーバーレイさせて表示していて、観客としての我々は、それを見て一喜一憂することになった。
セーリングは観客のいないスポーツだと言われるが、今回使用されている映像や情報技術を駆使することで、誰にでも分かりやくその魅力を伝えることが出来れば、セーリングファンの層も厚くなると考えるが、インターネットに噛り付いての観戦では、eセーリングと変わりがないとも言えるかもしれない。
出航時にGPSロガーを引き渡すコーチボート担当デスク。ここだけで233艇分ある。他にジュリーボート70艇、カメラボート30艇などがある
ロガー端末のメンテ作業に忙しいオメガスタッフ
OBSカメラボート
搭載されたジンバルカメラ
ヘリにもジンバルカメラが…
超音波風向風速計を積んだ運営艇、気象データをリアルタイムで送り続ける
ヘリからの実写映像にデータをオーバーレイさせる、戦況がよくわかる
バブルの内外
コロナ禍下での大会開催とあって感染対策は徹底され、プレイブックに従って、選手や外国人競技委員と直接接触する可能性のある我々NT0はバブルの中の生活を余儀なくされた。つまり、宿泊ホテルからの原則外出禁止、会場とホテルの間は専用バスへの乗車、毎日のPCR検査が義務付けられた。とは言っても選手村のない江ノ島では選手、関係者ともに指定ホテルに分散宿泊となり、選手以外はホテルでの夕食も提供されないことから、否応なしにコンビニやデリバリーを利用し、ホテル自室での個食でしのぐことになった。
一方、ボランティアスタッフや専門業務担当の業者さんはバブルの外(そと)として、江ノ島の会場に毎日通うことが出来、食事場所も制限なく比較的自由だった。
実際には各国選手の艇の上げ下ろしをサポートするビーチ担当のボランティアスタッフは(バブル外でありながら)、仕事柄、各国の選手と直接の接触が必須なことから、どこまでバブルの実効性があるのか、大いに疑問のあるところだった。
とは言え、出艇したレース艇のドリー(船台)を整理し、レース終了後にはフィニッシュ順から類推してドリーを順に降ろしてスムーズに選手に渡し、一緒に艇を運んでいくボランティアスタッフの統制の取れた作業ぶりには脱帽だった。プレオリンピック以来のチームワークの賜物だと思う。
総数400艇に上るリブボートの群れの一部。こんな光景、わが国では見納めとなるだろう
フラッグボート(本部船)電光掲示板とともに1分毎に掲示される信号旗のシステム
スタートフラッグとカウントダウンフラッグ、一瞬で現れ、一瞬で消える
幸運な大会
台風8号が発生したと報じられた時には、2019年プレオリンピックの後に、台風19号の直撃を喰って相当な被害を被った江ノ島の光景が重なり一瞬緊張が走った。いざ襲来となった場合には、レース艇ばかりでなく450艇もの運営艇やリブボートも全艇、陸上の安全な場所に移動させなければならない。既設の3トンクレーンや仮設クレーン車をフルに稼働させても移動させるには4,5日が必要になる。幸いにも、8号は太平洋から東北地区に上陸し、日本海に抜けるコースを取ったので直接の影響は無かったが、レガッタ終了の3日後には台風10号が、休む間もなく9号崩れの温帯低気圧が通過し、江ノ島は40ノットを超える強風にさらされた。これらの台風がレガッタの日程に重ならなかったのは“幸運”としか言いようがない。
この時期、日本でオリンピックレガッタを行うこと自体が相当のギャンブルだ。
敢えて、それを実施することを前提に、台風をも乗り越える危機対応計画(コンテンジェンシープラン)を策定し得たのなら、それはそれで評価できる成果だ。加えて、コロナ対策も併せて実施しなければならなかった今大会の困難さは、想像を超えるものがあった。
機会があれば、今回の大会の準備資料を是非公開していただきたいと考えているのは私だけだろうか…
【TOKYO2020オリンピック 日本選手順位】
・男子470級:7位
・女子470級:7位
・男子RS:X級:16位
・女子RS:X級:12位
・男子レーザー級:30位
・女子レーザーラジアル級:15位
・男子49er級:11位
・女子49erFX級:18位
・混合ナクラ17級:15位
・男子フィン級:16位
レースを間近に見られるのは役得、フィニッシュボート付近にて
帰着した日本チーム(岡田・外園)艇
てきぱきと出艇・着艇をさばくボランティアスタッフと整理されたドリーの群れ
470メダルレース出場中の10艇分のドリー
メダル獲得に喜ぶ各国チーム、こんな光景が日本チームにも欲しかった。
仮設観覧席には各国関係者の応援団
灯台の上にもテレビカメラ
灯台カメラ
台船上の5Gプロジェクト大型スクリーン
RSXのランチングのために用意された400坪と言われる広さだ
観戦デッキからの各国応援団
筆者紹介:旧NORC専務理事、JSAF常務理事を経て,現一般社団法人日本オーシャンセーラー協会(JOSA)理事。外洋ヨット<テティス4>オーナースキッパーとして、2019日本-パラオ親善レース優勝、パールレース・ダブルハンドクラス優勝等、数々のレースで活躍する。