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【インタビュー】私の提言―低迷つづく日本ヨット界の再興にむけて

中澤信夫

1960年東京生まれ。54歳。名艇<月光>の伝統を受け継ぐ現役セイラー。日本セーリング連盟理事、キールボート強化委員会では委員長を務める。<月光>グループ代表。


・ヨットを始めたのはいつごろからですか

 高校3年生の頃です。ヨット雑誌に出ていた“クルー募集”の記事がきっかけで、<月光>のクルーになり、油壺通いが始まりました。パンナムクリッパーカップやトランスパック、アドミラルズカップなど海外の主要なレースに参加して、外洋レースの素晴らしさを体験しました。私の師匠は並木茂士さんで、昨年皆に惜しまれながら他界しましたが、並木さんには公私ともに大変お世話になりました。
 <月光>は、日本の外洋ヨット界の先駆けとして海外のヨットレースに幾度となく挑戦し、その黎明期をリードして参りました。また、多くの海の仲間に愛され、第一線で活躍するクルーを育んできた歴史と伝統のあるシンジケートです。初代オーナーの久保田さんとは一緒に乗る機会はなかったのですが、2代目の清水さん、3代目の並木さんには、セイラーとしての心構え、シーマンシップを学びました。
 当時、日本の外洋セーリング界は元気でしたね。海外遠征にもどんどん出かけるし、ナショナルチームを組んでアドミラルズカップに参加するなど、英国や米国などのヨット先進国にも引けを取らない活躍振りでした。国内でも、クォータートンカップ世界選手権が開催され、テレビの特番で迫力あるシーンが放映されましたね。その頃、私はまだ外洋ヨットに乗り始めた頃でしたが、相模湾の大時化のなかを、大波にもまれながら死闘を演じるセイラーの姿に感動して憧れました。 当時のことはいまでも思い出しますよ。


・現在は日本セーリング連盟(JSAF)の理事で、キールボート強化委員会の委員長ですね

 キールボート強化委員会はJSAFのなかでディンギーと外洋クルーザーの間を繋ぐ接着剤のような役割をもっています。一昔前であれば、キールボートと云えばドラゴンやソリングのようにオリンピックで採用された艇種しか思い浮かばなかったかも知れませんが、いまや、J24やメルジェスクラスに代表されるように、キールボートは世界各国で非常に精力的に行われており、艇種もたくさんあるし、レースも盛んです。また、どの海外ヨットクラブでもクラブがキールボートを所有し、トレーニングボートとして一般に開放しています。誰でも、どこでも、セールバックひとつでヨットに乗れる環境が整っているのです。
 たとえば、私は昨年9月に米国ニューポートで開催されたJ24世界選手権に参加しましたが、大会の本拠地はニューポートの市営公園のなかにある“セールニューポート“という小さなポンツーンしかない公営施設でした。その施設内にテントを張って大会本部としているのですが、これが立派に機能しているので高額な運営費用も必要ない。この公共マリーナにはポンツーンしかなく、3時間以内ならそのポンツーンを誰でも自由に利用できる。週末ともなるとセールバックひとつを持ってレンタルボートに乗りに来るひともいれば、駐車場にトレーラーでヨットを運んできて、家族でセーリングを楽しむひともいるといった具合で、皆、自由にヨットを楽しんでいるように見えました。


・日本の場合は係留場所の問題がネックになっている?

 マリーナが“海の駐車場”になっては駄目ですね。ハードだけでなくソフト面も充実させて、ヨットを普及させるための導線が必要です。大学で一生懸命ヨットをやってきても社会人になるとぱったり止めてしまう。その原因のひとつに、手軽にヨットに乗る方法がない、ということが挙げられます。自分では簡単にヨットは買えないし、買っても係留料が高くて維持できない。マリーナにレンタルヨットがいっぱいあって、仲間と簡単に乗れるシステムがあれば確実に普及に向けての導線ができます。
 たとえば、J24などのプロダクションボートをレンタルして気軽にレースに参加できればレース人口も増えるし、セールだけは古いから新らしく…という発想も生まれるし、業界の活性化にもつながると思いますね。


・2020年東京五輪が低迷脱却、セーリング界興隆のきっかけにならないですか

 もちろん、JSAFとしても5年後の“2020東京オリンピック開催”を目標に様々な面で取り組みを行っています。たとえば、将来有望な若手セイラーの海外留学をサポートするとか、オリンピックハーバー施設の拡充といったことですが、それらはちょうど、60年前の“東京オリンピック開催”が江の島ヨットハーバーや葉山マリーナを誕生させ、日本のヨット界を飛躍的に発展させたように、これからの日本のヨット普及、発展にとって、非常に重要な要素になると考えます。オリンピックハーバーについては、それを新設するのか、あるいは従来の施設を拡充させるのかなど、いまのところまだ具体的な計画は決まっていませんが、次世代に残すべきものは何か、何が必要かということを、しっかりと見極めることが重要です。
 “2020東京オリンピック開催”は千載一隅のチャンスですから、知恵を振り絞り、総力を結集して取り組んでいきたいと思います。


・最後に、これからの日本のヨット界を担う次代のセイラーに

 世界に視野を拡げ、ヨットの奥深さ、魅力をもっともっと感じて欲しい。たとえば、学生時代にディンギーでヨットの魅力を実感したならば、学校を卒業してからも続けて欲しい。きっとさらなる発見があるはずです。J24のようなキールボートでマッチレースの面白さを追求するのもいいし、クルーザーで外洋を走る爽快さ、外洋レースの醍醐味を味わうのもいい。
 さまざまな海外レースに日本代表として参加することも可能です。海外のヨットシーンを体感すれば必ず得るものがありますし、視野が広がり、自分をひとまわりも成長させることも出来ます。そのような機会は、なにもオリンピックを目指すトップセイラーだけのものではありません。ここ数年、積極的に海外レースに挑戦するユースセイラーは増えています。私たちはそんな若手セイラーも応援したいと思っています。
 伝統を継承するということは、ただ技術面だけを伝えるのではなく、先達から受け継がれてきたヨット文化というものを身を以って伝えて行くことかなと。
 それが、いまの自分の役目かなと思っています。