連載 あるオールドソルティ―の追憶
第十回 夏の合宿・館山寮 武村洋一
千葉県館山市には早稲田大学教職員の厚生施設として館山寮というかなり大きな宿泊施設があった。ヨット部も、お寺の本堂とか朽ち果てそうな宿屋を脱出してこの館山寮で合宿することが許された。広い廊下の両側に並んだ押入れ付き8畳、6畳の部屋、テーブルと椅子の大食堂、タイル張りの大浴場。それまでの極貧の暮らしからいきなり夏のリゾートホテル暮らしができるようになったのだった。 館山寮での初合宿、1955年8月には全日本学生ヨット選手権大会(全日本インカレ)が館山湾で行われ、早稲田は、A級ディンギーの3隻が常に上位をキープ、スナイプ級の失点をカバーして、見事、総合優勝を果たしたのであった。 夢の暮らし、夢の全日本制覇、館山寮での合宿は、充実と歓喜の日々だった。 大学の施設だから教授のご家族やけっこうエライ人などとも同宿する機会があった。乱暴な言行は避けること、バカ騒ぎはしないこと、お行儀をよくすること。生活は一変した。 ある部屋に、某教授が、奥様と二人の美しいお嬢様と一緒に宿泊されていらっしゃる…という情報を得たその夜、4年生の3人が不精髭を剃って、すこしきれいなシャツを着用してその部屋を表敬訪問したと思っていただきたい。3人はヨット部の学生さんだ、ということで歓迎され、お茶とお菓子などをいただき、楽しい会話をかわして時を過ごしたのであった。 ここで何故か、いきなり被疑者になってしまうのだが、被疑者ヨット部員3名は、さらに図にのって、お嬢様をトランプに誘い、隣室に移った。この時、お嬢様の保護責任者である教授夫妻は、その行為を看過し、杯のやりとりをして二人だけの時間を楽しんでいた。隣室で、お嬢様と対面して座をしめた被疑者3名は、「七並べをしましょう」とカードを配りはじめた。その際、故意にすこし離れた場所にカードを置き、お嬢様たちが上半身をかがめてカードを拾うように仕向けた。そして、被疑者3名は、やや胸の開いたワンピースで前かがみになったお嬢様の白い胸元を淫ぴな目つきで凝視することに成功した。その後、被疑者3名は自室に戻り、他の善良なヨット部員たちに、その事を話し、いたずらに劣情を喚起せしめたのであった。以上。 このへんが、いまだから話せる限界で、話せない事の方が圧倒的に多かった。 |
武村洋一 たけむらよういち
1933年神奈川県横須賀市生まれ。 |