連載 あるオールドソルティ―の追憶
第九回 夏の合宿・ストーム 武村洋一
夏の合宿はその年入部した新入部員にセーリングの基礎を教えることを主目的としていたのだが、1週間もたつと彼等も日に焼けて逞しく、シーマンらしく変貌してくる。ただし、合宿最終日に浜でぶち上げるストームを経験しないと早稲田のヨット部員とは云えなかった。 その日、朝から準備に入る。大量の薪、消火用のバケツ、スコップなどをリヤカーに積み、何度も往復して浜に運びこんでおく。地元の交番への連絡も忘れてはならない。夕刻、合宿所で焼酎などを呷って、さあ来い、なんだこの野郎!と出来上がった新入部員たちが浜に向かう。地元のおばちゃんやおねえちゃんたちも浴衣姿に団扇を持って浜に集まってくる。 すでに薪は井桁に組まれて威勢よく火の手をあげている。さらに現場では二級酒などで仕上げをして、焚き火のまわりを歌い、怒鳴り、踊り狂う。シャツを脱ぐ、パンツも脱ぐ。警官が一応ホイッスルを吹いて注意するが、もう通じない。汗まみれ、砂まみれでさらに狂宴は続くのであった。 素っ裸の男が一人、二人と砂の上にぶっ倒れる。火を消して後始末をしてから砂上に横たわるマグロ状の男たちをリヤカーに乗せて合宿所に運ぶ。その日は砂まみれの一日だった。 ある年の4年生に一人のクリスチャン学生がいて、座学の後、唱歌の練習をさせられた。はじめは、なんとも恥ずかしくて戸惑ったのだけれど、輪唱がうまく唄えたりすると妙に嬉しくなって結局歌にはまってしまった。 曲目は、オランダの糸巻き歌“サラスポンダ”やアメリカ民謡“クイカイマニマニ”“Farmer in the dell”などで、ボーイスカウトのキャンプファイヤーで歌う歌が多かった。 毎年荒れ狂うストームが、この年だけは、じっと火を見つめて今まで犯した罪の数々、例えば、電車のキセル乗車や未成年喫煙などを悔い、マジメな実りある人生を考える静かなストームになってしまった。ちょっと恥ずかしかったけれど、まあ、こういうのもいいもんだなと何故か納得してしまった。地元のおばちゃんやおねえちゃんたちは少しがっかりしていた。 だから、当時の早稲田大学ヨット部員は、60年後の今でも、サラスポンダもクイカイマニマニも、どうしても歌えと云われれば、歌える。 |
武村洋一 たけむらよういち
1933年神奈川県横須賀市生まれ。 |